日本は「ビジネスと人権」に関する初の国別行動計画(NAP)(2020~2025年)を終えるにあたり、明確なメッセージを示しました。すなわち、「ビジネスと人権」は、もはやコンプライアンスの周辺に置かれる論点ではないということです。2025年12月、政府は改定NAPを承認し、2026年度から開始、5年以内に正式な見直しを行う方針を示しました。
この「5年サイクル」があるため、文書の題名に「2030」が明記されていなくても、実務上は改定版を「2026~2030年NAP」と呼ぶ関係者が多くなっています。計画は開始年度と見直しの時期(レビューの期限)を軸に組み立てられているためです。
2026~2030年NAPの何が違うのか
改定NAPは8つの優先分野で構成されています。単なる再整理や名称変更にとどまりません。これまで別々の政策領域として扱われがちだったテーマを束ね、複数省庁にまたがる共通アジェンダとして位置づけ直した点に意味があります。
8つの優先分野は次のとおりです。
最初の柱に「人権デュー・ディリジェンス(HRDD)とサプライチェーン」が置かれました。これにより、責任あるサプライチェーンが「輸出企業だけの任意の取組」ではなく、より広い基本課題として扱われる方向性が示されます。
「誰一人取り残さない」という観点では、リスクが高まりやすい層に関する政策がまとめられています。具体的には、ジェンダー平等、外国人労働者、子ども・若者、障害のある人、高齢者などです。
テーマ別の分野として「AI・テクノロジー」と「環境と人権」が組み込まれました。労働や差別といった従来の論点に加え、新しいリスク領域を同じ枠組みに入れています。
国連「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGP)」の実施に向けた能力構築も優先分野として明記されました。特に中小企業向けの実務支援や研修を、個別事業に任せきりにしない構えです。
企業の情報開示も政策分野として扱われ、国際基準の動向を踏まえつつ、人権尊重に関する報告の質を高める意図が示されています。
公共調達と公的契約(補助金を含む)は、政策レバーとして一段引き上げられました。概要では、調達要件の活用を強める方向が示され、可能な範囲で補助金の要件に人権尊重の観点を組み込む可能性にも触れられています。
救済へのアクセスは一体のパッケージとして整理されています。日本のNCP(国家連絡窓口)をめぐる取組の強化に加え、UNGPに沿った企業レベルの苦情処理・救済メカニズム(グリーバンス・メカニズム)を促す内容が含まれます。
実施とモニタリングも独立の優先分野とされました。進捗を毎年確認し、可能な限り客観的指標を用いる意向が示され、継続的なステークホルダー対話も位置づけられています。
この組み合わせが重要なのは、強制労働リスクを単発の問題としてではなく、相互に連動する仕組みの中で捉えるためです。サプライヤーの寮、採用ルート、物流倉庫、デジタル採用プラットフォームで起きることが、同じ国家の政策アジェンダの中で結び付けられる構図になります。
人権デュー・ディリジェンスに対する期待の明確化
大きな変化の一つは、政府がHRDDについて企業への期待をより明確に示した点です。改定に際して公表された外務省のプレスリリースでは、企業がHRDDを進めるうえでの期待が、次の一連の手順として説明されています。すなわち、事業活動に関連する人権への負の影響について、「特定し、評価し、防止し、軽減し、対処する」という流れです。
この点が重要な理由は二つあります。
第一に、曖昧さが減ります。日本ではHRDDが「望ましい取組」や「参考的な好事例」として扱われることが少なくありませんでした。改定NAPは、将来、法的拘束力のある国内HRDD法制が整う前であっても、企業規模や業種を問わない基礎的な期待へ近づけています。
第二に、監査人やバイヤーが企業評価を行う際の参照点が明確になります。人権リスクを経営課題として扱っているのか、単にサプライヤー質問票の作業として扱っているのかを見極めるうえで、より共通の物差しになります。
なぜNAPが責任あるサプライチェーンに重要なのか
改定NAPはゼロから出発していません。2020~2025年に進んだ具体的な施策を土台にしており、政府の概要も、サプライチェーン実務に直接関係する取組を複数挙げています。
日本は2022年9月に「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン」を公表しました。これは企業のHRDDに関する国内の中核的な指針です。
その後、指針を実務に落とし込むためのツールも整えられました。2023年4月、経済産業省は、企業がHRDDの期待を具体的な手順に変換できるよう、実務的な参考資料を公表しました。原則の提示にとどめず、実装に向けた助走を意識した内容です。
公共調達でも動きがありました。NAPの概要は、2023年4月の「公共調達における人権配慮」に関する政府方針に言及しています。改定NAP本文では、各省庁が、入札参加者や受注者に対し、2022年ガイドラインに沿った行動を促す契約文言を導入し始めたことが説明されています。
業種別のガイダンスも広がっています。NAP概要には、2023年12月の食品企業向けガイド、2024年10月の「労働分野におけるビジネスと人権」関連のチェックブックが挙げられています。従来の「ブランドと工場監査」中心の範囲に入りにくい産業へも裾野を広げようとする意図が読み取れます。
これらをまとめると、2020年の原則、2022年の国家ガイドライン、2023年の実務ツールと調達面での活用、2024年の業種別ガイダンスという流れが見えます。改定NAPは、それらを2026年度以降の一つの国家アジェンダとして束ね直しています。
日本における「前進」の見え方
日本のアプローチは、依然として「法律主導」というより「ガイダンス主導」の色合いが強い一方で、前進は次の3点で具体的に確認できます。
政府のHRDDに関する期待がより明確になり、年次で進捗を確認する枠組みを伴う国家計画に結び付けられました。
実施支援がより実務的になりました。ガイドラインから参考資料へ進む段階で、HRDDは理念表明からマネジメントの仕組みに近づきます。
責任あるサプライチェーンの考え方が、調達のような国家のレバーや、外国人労働者の包摂、AI関連リスクの管理といった広い政策論点と結び付きつつあります。
企業が2026~2030年NAPから汲み取るべきこと
日本で事業を行う国際ブランド、日本企業の多国籍企業、サービス提供者にとって、改定NAPが示す含意は明快です。法的地位の確認や契約書類の整備だけでは不十分です。改定NAPは、人権リスクが外注、採用、契約、テクノロジーの運用といった通常のビジネスモデルの中に入り込み得ることを前提にしています。
派遣や請負による労働力、外部委託の物流、清掃、ケータリング、施設管理に依存している場合、NAPの方向性は、これらをHRDDの「周辺」ではなく「中核」の対象として扱うべきだと示唆します。サプライチェーンのデュー・ディリジェンス、開示への期待、救済へのアクセスが、同じ政策パッケージの中に並べられているためです。
改定NAPはサプライヤーや中小企業へのシグナルでもあります。能力構築と支援を政策の優先事項として明示しており、実務でデュー・ディリジェンスが行き詰まりやすい部分に手当てを置いています。
2030年に向けて
改定NAPは2026年度に開始し、政府は5年以内に改定の必要性を判断する計画です。これにより、実行、評価、そして必要に応じた強化へ向けた時間軸が、実務上は2030年に向かって伸びます。
その意味で、2026~2030年NAPは単なる政策文書ではありません。企業行動、国家のインセンティブ、そして変化の速いリスク領域を結び付ける枠組みです。日本で責任あるサプライチェーンに携わる人にとって、いまや中心的な参照点であり、背景資料ではありません。
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